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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)2309号 判決 1976年4月26日

原告 大昭商店こと 佐藤和夫

右訴訟代理人弁護士 池田俊

同 奥村正道

被告 株式会社ラツキースタンプ

右訴訟代理人弁護士 蝶野喜代松

同 丹羽教裕

同 塚本宏明

同 好川照一

主文

被告は、原告に対し金三〇万円及びこれに対する昭和四六年九月一五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の負担、その九を被告の負担とする。

この判決は、仮執行をすることができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告は、「被告は原告に対し金三一〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めた。

二、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告の請求原因

一、被告は、ラッキースタンプと称する証票の販売等を業とする会社であり、被告とラッキースタンプ加盟店との間で締結される契約の内容の骨子は、次のとおりである。

1,加盟店は、加盟に際し金三万五〇〇〇円(支店の場合は金二万円)の加盟金を被告に支払う。

2,加盟店は、被告の発行するスタンプを一点一枚金二円で購入する。

3,加盟店は、顧客に対し売上高金一〇〇円につきスタンプ一枚を交付する。

4,被告は、加盟店の顧客が集めたスタンプの点数に応じ、その希望する一定の景品と交換する。

二、原告は、肩書住所(住居表示施行前は大東市大字北条九九四番地の一六)で酒類小売業を営む者であるが、昭和四四年二月二八日被告との間で、既加盟店である大伸商店こと横井正勝の支店として加盟契約を締結し、支店加盟金二万円を支払って加盟店となった。

三、ラッキースタンプの加盟店は、顧客にスタンプを交付することによって商品の値引きをすることなく実質的なサービスをすることができ、ひいては顧客の把握と売上の向上を図ることができるのであるが、被告が既加盟店甲と同一地区に属する甲の同業者乙との間で加盟契約を締結するときは、スタンプを利用する顧客としては商品を甲から買っても乙から買っても同じことになり、甲の契約目的を著しく阻害することになる。そこで、原告は右加盟契約の締結に際して被告との間で、被告は原告の同意を得ることなく原告と同一地区の同業者とは加盟契約を締結しない旨の特約をした。仮に右特約がなかったとしても、前記のような加盟契約の趣旨目的からすれば、被告は原告の同意を得ないで同一地区の同業者との間で加盟契約をしない旨の商慣習が存在するというべきである。

四、ところが、被告は右約旨ないしは商慣習に反し、原告に無断で同年六月九日原告と同一地区に属する大東市大字北条一二五四番地の五で酒類小売業を営む山本酒店こと山本重和との間で加盟契約を締結した。これを知った原告は被告の大阪支店営業課長岡野四郎に対し山本酒店との契約を解約するよう要求したところ、同人はこれを応諾し、解約に必要であるとして加盟金相当額である金三万五〇〇〇円の交付を求めたので、原告は同年七月三一日同人に対し右金員を交付したのに拘らず、被告は山本酒店との契約を解約しないだけでなく、却って、原告との契約を解約したと称し、原告のスタンプ交付要求にも応じないようになったため、原告は昭和四六年九月一四日到達の内容証明郵便をもって被告に対し、本件加盟契約を債務不履行を理由に解除する旨の意思表示をした。

五、原告は、右のような被告の債務不履行により、次の如き損害を被った。

1, 逸失利益 金二五〇万円

原告は、被告が山本酒店と契約したことによって、山本酒店の強引な商法と相まって多くの顧客を失い、ために売上が伸長せず、期待した利益を計上し得ないことになった。原告から山本酒店に流れた顧客は三〇〇戸以上に達し、当時の酒、味噌、しよう油等の一戸当り平均売上高は月額二五〇〇円ないし三〇〇〇円、荒利益はその一割ないし一割五分であったから、原告は少なくとも月額金一〇万円、昭和四四年八月から昭和四六年九月までの二五か月間で合計金二五〇万円の得べかりし利益を喪失した。

2,スタンプ交換による損害 金一四万円

原告が被告との契約を解除したため、顧客に交付ずみのラッキースタンプは景品と交換できなくなったので、原告は昭和四六年一〇月一四日被告と同種の業者であるグリーンスタンプ株式会社との間で加盟契約を締結し、顧客手持ちのラッキースタンプ約七万点金一四万円相当をグリーンスタンプと交換した。このため原告は金一四万円の損害を被った。

3,慰謝料 金二〇〇万円

原告は被告のスタンプ交付拒絶により僅か二年間で加盟契約を解除せざるを得なくなり、顧客に対する信用を失ったほか、スタンプの交換のために時間と手間を費し、また顧客の不平不満に応待する等、その心労は著しいものがあり、多大の精神的苦痛を被った。

以上合計金四六四万円の損害のうち、本訴ではⅠの内金一四八万円、乙の金一四万円、3の内金一四八万円の合計金三一〇万円を請求する。

六、そこで、原告は被告に対し右金三一〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する被告の答弁及び主張

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、同第二項の事実中、原告が肩書住所で酒類の小売販売業を営んでいることは認めるが、その余は否認する。もっとも、被告は原告主張の日に、原告が遅くとも昭和四四年四月末頃までに支店加盟金二万円を支払えば、加盟店である大伸酒店こと横井正勝の支店扱いとして加盟を認める旨を約したことはあるが、原告はこれを履行しなかったので、右時点では加盟契約は効力を生じていない。

被告が原告と加盟契約を締結したのは、後記のように同年七月三一日であり、しかもその契約は無効なもの、あるいは条件不成就により効力を生ずるに至っていない。

三、同第三項の事実中、前段は争い、後段は否認する。被告は地域を限定せず、また業種のいかんを問わず加盟を認めており、いかなる加盟店との間でも原告主張のような排他的な加盟契約を締結したことはない。もともと顧客へのサービスとして行なわれるスタンプ商法は、一定点数のスタンプを集めれば景品と交換できるところから、スタンプがスタンプを呼び遂には一種のブームを招来することになるので、近接する複数の同業者が加盟店となっても何等加盟契約の趣旨目的に反することはなく、同一条件でスタンプを交付する限りは共存共栄ができ、ひいては業界全体の利益を図ることができるのである。現に被告は同一地区の多数の同業者との間で加盟契約を締結しているが、これにつき加盟店からの苦情を聞いたことはない。

四、同第四項の事実中、被告が原告主張の日に原告と同業の山本酒店こと山本重和との間で加盟契約を締結したこと、被告の大阪支店営業課長岡野四郎が原告主張の日に原告から金三万五〇〇〇円の交付を受けたこと、被告が原告のスタンプ交付要求を拒絶したこと、原告から原告主張の日に到達した内容証明郵便をもって加盟契約を解除する旨の意思表示があったことは認めるが、その余は争う。

被告は、前記のように原告が昭和四四年四月末頃までに支店加盟金二万円を支払えば、大伸酒店の支店扱いとして加盟を認めることにしたため、契約発効前の同年二月末から便宜上原告に対しスタンプを販売していたが、原告は山本酒店に対し商売仇として敵意を抱いていたので、岡野営業課長に対して山本酒店との契約を破棄するよう求めると共に、右契約が解除されることを条件として、自己の加盟金三万五〇〇〇円を支払い加盟契約を締結した。

しかし、山本酒店は正当な加盟店であって、その契約を破棄すべき理由は全くなく、もとより岡野課長には原告に対し山本酒店との契約破棄を約束する権限もなかったから、かかる条件付の契約は無効であるし、しからずとするも、条件が成就しなかったため効力を生じなかったものである。そこで、被告は原告に対し岡野の不始末を詫びると共に、誠意を尽して円満解決のための努力を重ねたが、原告は山本酒店を加盟店からはずさない限りは如何なる解決策にも応じないという態度に終始したため、被告は加盟店でもない原告に対して従来便宜上行なって来たスタンプ販売を取止めることとし、昭和四六年四月八日原告に対し加盟金三万五〇〇〇円を返還すべく現実の提供をしたが、その受領を拒絶されたので、同月二一日弁済供託をしたのである。

従って、被告は原告に対し何等債務不履行の責任を負うものではない。

五、同第五項の事実は、全部争う。なお、2については、被告はスタンプの引換義務を履行している。

第四、証拠関係<省略>。

理由

一、請求原因第一項の事実及び原告が肩書住所で酒類の小売業を営んでいることは、当事者間に争いがない。

二、<証拠>によると、被告は既加盟店であった寝屋川市内の大伸商店こと横井正勝の紹介によって原告の加盟を勧誘することになり、昭和四四年二月二八日被告の大阪支店営業課長岡野四郎と社員田坂某が原告方に赴き、契約内容等について説明して加盟を勧誘した結果、原告から加盟の申込みを受けたこと、その際岡野等は原告に対するサービスと田坂の営業成績をあけるため、加盟金は紹介者である横井の支店扱いで二万円でよく、右加盟金は二、三か月中に支払ってもらえばよい旨を告げ、同日スタンプ四〇〇〇枚を原告に販売したこと、被告大阪支店長江川昇は右取扱いを了承し、会社との関係では右二万円をみずから立替支払い、加盟申込書にも原告から二万円の支払があったように記載して経理上の処理をしたこと、そして被告は直ちに加盟店であることを表示する看板を原告方に設置し、以後継続的に原告に対しスタンプの販売をしていたこと、しかし原告はその後右二万円を支払っていないことが認められ、右認定に反する証人佐藤鷹子の証言、被告本人尋問の結果の各一部は前掲証拠と対比してたやすく措信することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

しかして、成立に争いがない甲第一号証によれば、ラッキースタンプ加盟規約上、加盟希望店は所定の加盟申込書に加盟金を添えて加盟申込みをし、加盟契約を締結するものと規定されていることが認められるが、右は加盟金の支払を加盟申込みの要件とする趣旨とは解されず、単に申込みの手続を規定したに止まるものと解されるから、加盟金支払の有無に拘らず加盟契約は成立するというべきである。従って、以上の事実によれば、原、被告間には大伸商店の支店としての加盟契約が成立し、原告は被告の加盟店になったものと認めるのが相当である。

三、ところで、証人横井正勝、岡野四郎、佐藤鷹子の証言、原告本人尋問の結果によれば、岡野営業課長と田坂社員は前記契約を締結するに際し、原告と同一地区の同業者を加盟させる際は予め原告の承諾を受ける旨を告げ、原告もこれを了解して加盟申込みをしたことが認められ、これに反する証人江川昇の証言(第一回)、被告代表者の尋問の結果はたやすく措信できない。

この点に関し、被告代表者は既加盟店と近い同業者が加盟すると既加盟店が不利益になることを認めながらも、加盟店の多い方が結局は業界全体の利益につながるものであり、被告としては同業者でも共存共栄できるとの考え方に立って加盟店を指導しているので、加盟契約締結に際して相手方の承諾なしに同一地区の同業者を加盟させない旨を特約するようなことはないと供述しているが、右供述は被告の経営方針一般を述べたものに過ぎず、個々の加盟契約がすべて右方針に従ってなされているとは限らないから、右供述は前記認定の妨げになるものではないし、また、証人江川昇の証言から成立が認められる乙第五号証、証人大和兵造の証言から成立が認められる乙第六、七号証に右証言、被告代表者尋問の結果を総合すると、京都地区、大阪地区の加盟店で同業者が近接して存在する実例が多数あることが窺われるが、加盟契約締結時の事情が明らかにされていない以上、この事実も前記認定の支障にはならないというべきである。

四、被告が昭和四四年六月九日原告と同業の山本酒店こと山本重和との間で加盟契約を締結したことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、被告は右契約の締結に際し原告の承諾を得なかったことが明らかである。そして、成立に争いがない乙第三号証、証人大和兵造の証言から成立が認められる乙第八号証、弁論の全趣旨から成立が認められる乙第九号証の一に証人大和兵造の証言(一部)、原告本人尋問の結果を総合すると、山本酒店は大東市大字北条一二五四番地の五にあり、原告方とは約八〇〇メートル離れているが、同じ北条地区に属していること、酒類小売業者は配達による販売を主体としている関係上、右程度の距離でも競業関係にあることが認められるから、原告の店舗と山本酒店とは同一地区にあるというべきであり、これに反する証人大和兵造の証言の一部は採用できない。

五、次に、成立に争いがない甲第三ないし第五号証の各一、二、第六号証、第七号証の一、二、乙第四号証、証人大和兵造、佐藤鷹子(一部)の証言、原告本人(一部)、被告代表者の尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すると、原告は被告が山本酒店と加盟契約をしたことを知って、同年七月三一日岡野営業課長を呼び寄せ、被告の違約をなじり、山本酒店の加盟を止めさせるよう求めたところ、岡野は非を認めて山本酒店と交渉してみることを約したこと、そこで、原告は自已の加盟金が未払であったところから、被告が今後山本酒店と取引をしないことを条件として、本店としての加盟金を支払うこととし、同日金三万五〇〇〇円の授受がなされたこと(右金員の支払の事実は当事者間に争いがない。)、しかし、被告はその後も山本酒店との取引を継続させていたので、原告はこれを不満とし、昭和四六年一月以降被告の大阪支店長大和兵造や被告代表者に抗議をして善処方を迫ったが、被告としては山本酒店との取引中止約束は岡野が独断でしたことであり、その加盟を取止めることは山本の同意が得られない以上不可能であるとの立場から、原告に事情を説明して岡野の不始末を詫び、原告に有利な取引条件をも示して了解を得ようとしたが、原告はあくまで山本酒店を加盟店からはずすように主張して右提案に応じようとしなかったため、被告は山本酒店との取引中止の条件が成就しなかったものとして原告との加盟契約を解消させることにし、加盟金三万五〇〇〇円の返還のため同年四月八日原告に提供したが、受領を拒絶されたので、同月二一日弁済供託をするに至ったこと、その後原告は被告にスタンプの交付方を請求したが、被告から契約失効を理由にこれを拒絶されたため、同年九月一四日到達の内容証明郵便で被告に対し債務不履行を理由に加盟契約を解除する旨の意思表示をしたこと(右スタンプ交付要求の拒絶と契約解除の意思表示があったことは、当事者間に争いがない。)、以上の事実が認められ、右認定に反する証人佐藤鷹子の証言、原告本人尋問の結果の各一部は前掲証拠に照らしたやすく措信することができず、他に右認定を妨げる証拠はない。

そして、以上認定の事実関係からすると、原告が本店としての加盟金三万五〇〇〇円を支払った点は、被告主張の如きその時点での加盟契約成立の裏付けとなるものではなく(既述のとおり加盟契約そのものはそれ以前に成立している。)、むしろ当初の支店としての加盟契約が本店としての加盟契約に変更されたと評価し得るものであるし、また加盟金支払に際して付されたところの被告が今後山本酒店との取引をしない旨の条件についても、被告主張のような条件付契約というものではなく、被告が当初の契約の際の特約に違反して原告の承諾なしに山本酒店と加盟契約を締結したため、岡野課長が右違約を是正すべく加盟金の支払を条件付にしたに過ぎず、加盟契約の効力には何等消長を来たさないというべきである。更に、被告が加盟金返還のため弁済供託をしたという点についても、加盟契約の効力を左右するものとは認められない。

従って、被告には、山本酒店の加盟につき原告の承諾を得なかったこと、原告のスタンプ交付要求に応じなかったことの二点につき債務不履行があるというべきである。

六、そこで、進んで被告の右債務不履行による原告の損害の有無について検討することとする。

まず、原告は被告が山本酒店と契約したことにより多くの顧客を失い、少なくとも月額金一〇万円の収入減を生じ、昭和四四年八月から昭和四六年九月までの二五か月間で合計金二五〇万円の得べかりし利益を喪失したと主張し、その算定基礎を失った顧客数と一戸当りの荒利益に求めている。そして、この点につき原告本人は同一地区の顧客八〇〇戸のうち八割以上の顧客を失い、一戸当りの平均売上高は昭和四四年当時七〇〇〇円位であった旨供述しているけれども、右供述はにわかに措信しがたい。のみならず、同一地区の同業者が売上げを競うのは当然であり、固定客の把握のためのサービスの方法も多種多様であるから、被告が山本酒店を加盟店としたとの一事によって右の如き顧客の喪失をもたらしたとは到底考えられないのであって、他にこの点についての因果関係を明らかにする立証のない本件にあっては、原告の右主張は失当というべきである。

次に、スタンプ交換による損害については、原告本人尋問の結果によると、原告は被告との契約を解除した後、グリーンスタンプ株式会社と契約してその加盟店となり、従来顧客が収集していたラッキースタンプ約七万点をグリーンスタンプと交換したことが認められるけれども、弁論の全趣旨から成立が認められる乙第一〇号証の一ないし三によれば、被告は昭和四六年九月から昭和四七年一月にわたり、これらラッキースタンプの景品交換をなしていることが窺われるのであって、他にスタンプ交換により如何なる損害を生じたかの主張立証がない以上、この点に関する原告の主張も理由がない。

次に、慰謝料の請求について考えてみると、債務不履行の場合にあっても精神的損害の賠償請求が可能であると解されるところ、先に判示した経緯からすると、被告のスタンプ交付拒絶により原告が顧客に対する信用を失ったほか、スタンプ交換のために時間と手間を要したことは容易に推測され、そのため多大の精神的苦痛を被ったものと認められ、これを慰謝するためには金三〇万円を相当とすべきである。

七、よって、原告の本訴請求は、被告に対し慰謝料金三〇万円とこれに対する本件加盟契約解除の日の翌日である昭和四六年九月一五日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容するが、その余は失当として棄却すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、仮執行宣言につき同法一九六条を適用した上、主文のとおり判決する。

(裁判官 青木敏行)

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